2007年05月31日

「きものの花咲くころ」の衝撃

 着物本がどんどんたまる今日この頃。本棚から本があふれてしまい、ついに先日、段ボール数箱分の本をブックオフに引き取ってもらった。ただ、引き取ってもらったのは「着物関係以外」の本で、あいたところにまた着物本がたまっていくんだけどね。

きものの花咲くころ.jpg 最近面白かった本をぼちぼち紹介していこうと思う。まずこれ、「きものの花咲くころ」。
 「主婦の友」90年の知恵、というサブタイトル通り、大正・昭和・平成と続く「主婦の友」に掲載された着物関係の記事をピックアップしてまとめたもの。eribowがこの前から話題にしている「着物はどうして普段着でなくなったか」のヒントも山ほどある。
 今読んでも新鮮な便利グッズの提案が大正時代の記事にあったりしてびっくり。ああ、ほんとに知らないことが多いなあ。戦前・戦後でかなりの変化があったことは想像がついていたけど、実例として写真が出てくるとやっぱり新鮮な驚きがある。「昭和のキモノ」を読んだときもそうだったけど。

 浴衣についての記事で面白かったのは、戦前は名古屋帯に帯締め・帯揚げがスタンダード、戦後半幅帯になったということと、浴衣は何度も洗うので、一夏で着つぶしていたということ。一夏ごとに新調して、秋になったら寝間着になり、そのうち雑巾やおしめになっていたのかな? 
 昨年の夏、家でずっと浴衣を着て数日おきに洗っていたら、やっぱりよれよれで外には出られない感じになってしまったので、そのへんはなんだかよくわかる。昨年の浴衣、寝間着用に加工しようと思って、そのままほってあったりするが・・・

posted by mizuho at 23:09| Comment(8) | TrackBack(0) | おすすめの本・映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月29日

吉祥寺フリマ戦利品〜タダget!

 着物サークルkarakoro主催の吉祥寺でのフリマで、いろんなものgetしてきてしまいました(^^; 買う心づもりはなかったのですが、いや、買ってないものも多いのですが、なぜか紙袋一杯のお持ち帰りが‥(^^;;;

kichijoji 001.jpg 入手経路:フリマ
 値段:0円

 キンキラのアンティーク付け帯。「無料箱」からgetしました。もうすっかり過去に埋もれてしまっていますが、忘れたわけではありません、Fujipiバッグの材料にしたいと思って。 嗚呼、材料ばかり揃えてどうするんだ(^^;>自分


kichijoji 005.jpg 入手経路:フリマ
 値段:0円

 ハギレ類。これまた「無料箱」から入手。桃太郎さんの「もしもし小箱」のリクエスト材料に使えるかも〜?!と思いまして。無料なので、結構後先考えてません(爆)。

kichijoji 006.jpg 入手経路:フリマ
 値段:0円

 帯締め3本。ところどころ挿し色のアクセントのある、ちょっと現代的なカジュアル版。kemiさんが帯締め上手で、こんな感じのを沢山持ってらっしゃるようなので、触発されました。無料だし(爆)

kichijoji 002.jpg 入手経路:フリマ
 値段:800円

 「一富士・二鷹・三茄子」のお正月限定バージョン(笑)の名古屋帯。そう、こんなにコテコテしてるのに名古屋なのです。遊び心満載ですね(笑)。「洒落帯」好きの私、いつかこんなのがほしい〜と思ってました。
 tiggerさんより。1,000円の値がついていたところ、ちょっと染みがあるとのことで、まけていただきましたm(__)m 感謝

kichijoji 003.jpg 入手経路:フリマ
 値段:100円

 白地でシンプルな縞の半幅帯。フカミさんからget(ちょっと自信なし‥違ってたら訂正します)。便利そうです。どーしよーかなーと迷いましたが、値段につられました(笑)。


kichijoji 008.jpg 入手経路:フリマ
 値段:1,000円

 玉簪(かんざし)。今回、お買い物するなら、髪飾りを狙ってました。特に、簪は最近2本連続で折ってしまったので(^^; 補充が必要かな〜と思っていたのです。無料&100円ゲットの後だったので1,000円が高く見えましたが(爆)、我慢できませんでした(笑)。
 じゅんこさんの出品。購入時は生憎(あいにく)いらっしゃらず、その後の飲み会でも接近戦になりませんでした(残念)。この場を借りましてお礼申し上げます!>じゅんこさん

kichijoji 007.jpg 入手経路:フリマ
 値段:100円

 小風呂敷。風呂敷類は、気をつけていないと無限に買ってしまうアイテムなので(^^; なるべくなるべく買わないようにしているのですが、この子は何故か気に入ってしまって。でもやっぱり、決め手は値段(爆)。
 じゅんこさんから簪を買った際に、衝動買いしてしまったものです。

kichijoji 004.jpg 入手経路:フリマ
 値段:800円

 縞の綿の半幅帯。木綿着物をゲットしたばかりなので、それならバランスをとるのは木綿帯だろう!とずっと思っていました。いい色合いで、使いやすそうで、一目見て気に入ったのですが、なかなか決断できず、閉会ぎりぎりになってエイヤ!と買っちゃいました(^^;;



 トータル2,800円。ウッカリ買っちゃいましたですよ(^^;ヤバ〜
posted by eribow at 23:28| Comment(5) | TrackBack(0) | eribowの箪笥 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月28日

着物で漫画喫茶には泊まれ‥ます

 「着物でバイオリン演奏」「着物で立ち飲み屋」と続いた、「着物姿での限界を探る」大好評ネタ第三弾です。
 前者は「運動性能を制限する長着スタイル、汚れや破れを厭(いと)う高級生地」という条件による足枷、後者は「フェミニンなドレスコード」ゆえの制限を暴きましたが、今回はその折衷とも言える話題であります。
 そして、今回は「こんなことはできないだろうな〜」じゃなくて、「やっちまいました!」ネタ、武勇伝の新たな一頁ですA(^^;

 イヤー、実は昨夜、着物で漫画喫茶に宿泊しました。
 吉祥寺で参加した、karakoroさんのフリマ打ち上げ。「着物友達」と「飲み友達」が一致しない、という不満がずっと潜在していた私にとって、「酒好きな着物好き」が集う機会にけっこう舞い上がる。日中の猛暑で乾いた喉を潤すチューハイ&ビール。変わった銘柄にお試し欲を刺激された、コーヒー焼酎→蕎麦焼酎→トマト酒(度数は普通の焼酎と同じ)。その途中に店長からのサービス?であるテキーラの一気飲みなどという一杯も挟まれていたりして、大変危険な展開であったことは、今にして気づきます。
 そして、吉祥寺はやっぱり遠かった。ずっと立っているのはしんどかったので、着席を選択してしまったのです。昔と違って夜飲みはあまりしていないので、やっぱり自己コントロールは甘くなっていた。気づいたら、大船駅で終電を失ってました(~▽~;
 大船と鶴見って、何kmくらいあるんでしょう?JRの運賃だと380円。時間にして30分くらいでしょうか。深夜料金もあって、タクシーは高いです。そもそもケチンボな我が家では、病気でやむを得ない場合を除き、タクシーはご法度です。だんなに電話口で愚行を叱られ(当然です)、初めて降り立つ夜の大船駅前で、腹を括って漫画喫茶で夜を明かすことに決まりました。

kichijoji 053.jpg 住宅地域大船、終電のなくなった夜の町は、閑散としています(T-T) 駅前ならあるだろうと高を括っていた漫画喫茶が意外にもなかなか見当たらず焦る。ようやく、どこにでもあるようなチェーン系ではなく、見知らぬ名の漫画喫茶を一軒だけ発見。

kichijoji momenkimono. 2.jpg 幸いなことに、この日の着物は木綿。汚れても気にしないし、寝心地も良さそうだ。帯はよさげな絹の名古屋でしたが、これまた何と幸いなことに、日中のフリマで木綿の半幅帯をゲットしたばかりだったのです!運命?(<違)

kichijoji 054.jpg 実は私は漫画喫茶はたった一回、昼間に1時間ほどいたことしかありません。勿論、そこで夜を明かしたことなどありません。心細くてドキドキしますが、タクシー代には替えられません(T-T)
 いくつか部屋のタイプが選べましたが、床にごろんと転がれる座敷タイプ(絨毯敷き)を選択しました。横たわるのがやっとの、タコ部屋空間。ここで着物のままで夜を過ごそうというのです。ああ、なんて野趣溢れるのかしら!>自分 料金は4時間で1,100円でした。
 ちなみに床に置いてある大きい紙袋2つは、フリマ戦利品たちです。

 個室に入るとさっそく帯を半幅に替えます。着付けも若干緩めて、就寝の体勢へ。体の前で片ばさみにしましたが、考えてみたら後ろにくるりと回す必要はない。体の前で結んだままにします。
 電車の中で爆睡したせいか、固い床とぶわぶわのクッションが快適でないからなのか、寝付けません。仕方なく安野モヨコの『ハッピーマニア』を読みながらうつらうつらしてました。

 始発の時間に目覚ましをかけ、店を出る。5月の朝は早い。澄み切った冷たい朝の空気の中、下駄をカラコロ鳴らして歩く。久しぶりの朝帰りです。
 嗚呼、マンキツで夜明かしなんて、着物云々以前に、妻として母として、そしていい年こいた社会人として、かなり恥ずかしいと思うのは私だけではないですよね(T▽T)
 飲み会の二次会では、サークルkarakoroさんのメンバーの中で「泥酔部」と自称する人たちが含まれていて、私も「泥酔部入部〜♪」などと調子こいていましたが、文字通り泥酔してしまいました。どこへ出しても恥ずかしくない、いやどこへ出しても恥ずかしい、立派な泥酔ぶりです(T▽T)

 図らずも実践してしまった「着物で漫画喫茶泊」。木綿着物ならOK♪という知恵‥は皆さん、生かさないで下さいね(遠い目)。
posted by eribow at 18:22| Comment(24) | TrackBack(0) | 着物つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月27日

サマーウールで初お出かけ

 何度かネタにしているZEROキッズの「和のワークショップ」で久々に日本舞踊をやった。
 例によって実際やってるのは子ども達で、私は撮影係。新しい講師の方だったので、内容も少し変わって新鮮だった。舞扇が初登場、子ども達に配られて扇の扱いから稽古。

日舞ワークショップ.jpg 久しぶりに浴衣+足袋姿の子ども達。うーんかわいい。
 どうも秋に、チャリティコンサートで日舞のミニ発表をすることになりそう。この夏は日舞の特訓かなあ? わくわく。

紺のウール単衣.jpg 「和」のネタのときは着物で行くようにしているので、本日も着物で。
 初登場、紺のサマーウール(単衣)。これはeribowの「もっと! 着物遊び」でやってるおうちフリマで、つむパンさんに1000円で譲っていただいたもの。無地なんだけど、ちょっと織り柄があって(写真ではわからないのが残念)、いい色。紺一色で地味なので、半襟・帯・足袋は赤にしてみた。

 サマーウールって着たことなかったんだけど、わりと風が通るのね。しわにならなくて着やすく、普段着向き。さすがに盛夏には暑くて着られないかなあという感じだけど、単衣の季節にはいいんじゃないかな。大事に着ますね>つむパンさん

posted by mizuho at 23:35| Comment(8) | TrackBack(0) | 着物でお出かけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月25日

七緒・三度目の浴衣特集

 創刊号に感動して以来、買い続けている「七緒」も10冊目。本棚の中で存在を主張するようになってきた。読み捨てする金額でもないし、何度めくっても楽しめるのでたまっていくんだよね・・・

七緒vol10.jpg そして最近出た10冊目は、3度目の浴衣特集。やっぱり夏は浴衣ネタになるのか・・・もう2冊もあるので買うのやめようかと思ったんだけど、ぱらぱらめくってやっぱり買うことに。

 1回目(vol.3)は「大人のゆかた」、2回目(vol.6)は「ゆかた塾」、そして今回(vol.10)は「ゆかた上級生」。ちょっとづつステップアップしているところが絶妙だ。実用書としては、前の2冊の方が充実している(個人的に役立った感が強いのはvol.6)けど、今回の号も前の2冊を読んでいるという前提でちゃんと読みでがある。浴衣の中でもTPO、ちょっとした補正技、名古屋帯を合わせる提案、などなど。男ものが入ってきたのも(モデルのキム兄、なかなかいい感じ)新鮮。しかし来年のネタ、まだあるのかなあ・・・(余計なお世話だが)。

 こういうの読むと、単衣を通り越して浴衣着たくなってしまう。ああっ、その前に仕立てねばならない浴衣反物があったっ!
posted by mizuho at 23:07| Comment(8) | TrackBack(0) | おすすめの本・映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月24日

単衣の季節?

 いかにも初夏な日が続き、家ではとっくに木綿単衣になっているのだけど、町ゆく着物姿はまだ袷が多いよう。

 だけど、木綿の袷着物(ここのところ、ちょっとしたお出かけによく着ていた)はもう着る気がしなくて、洗濯してしまうことにした。で、ふと歳時記カレンダーを見ると、5月17日が「旧更衣」とある。あれ? 更衣って、もともと旧暦の区切りだったんだよね。そうすると、本来は旧暦4月1日(今年は5月17日)が衣替えでちょうどいいんじゃないのかなあ? その方が体感的にもしっくりくるような気がするんだけど。

 というわけで、私の中では勝手に単衣の季節到来。別に日付にこだわる必要もないと思うけどね。単衣の着物は軽くてうきうき。家での着物はそろそろ浴衣にしちゃおうかなあ。
posted by mizuho at 23:22| Comment(7) | TrackBack(0) | 季節を感じる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「技能」としての着付けと英会話

 ずーっと長いこと、「着物が着られる」って憧れでした。「自分で着物が着付けられる」って、「すごい!」と尊敬していました。
 今私はその「夢」を体現しています。着付けが「できている」かどうかは、自分としてはお恥ずかしい限りなのですが、ま、「自力で身につけて、一日外を歩き回る」ことが可能になったのは、一応憧れ通りだと言っておきましょう。

hanaotome 003.jpg 写真は、先日のイベント「花おとめ」会場付近にて。昔風の着物を着て。「絵」のお太鼓を背負って。髪をアップになんかしちゃったりして。ニカッと笑った表情も、軽やかに着てる雰囲気ですよね。

 「できる」「できない」の差は大きい。ちゃんちゃらおかしい着付けでも、できないのとは全然違います。「なんて便利なんだろう」と思います。
 で、いつも思うのは、英会話(まあ他の外国語でもいいんだけど)と似てるということ。

 実は、私はちょっと英語が話せます(エヘン)。中学2年生レベルくらいかな(^^; 字幕なしで映画見るとか、国際会議をヒアリングするとかはとても無理だけど、買い物とか、日常会話とか、その程度でもなんとかなる。
 本格的なレベルでなくてもいい。自分が便がいい程度に身につける「技能」。最初だけ少し努力が必要だけど、一度身についたらずっと使える「技能」。そういう点で、「簡単英会話」と「簡単着付け」は似ている気がします。ま、英語の方がずっと大変だ(った)けどさ(^^;
 習うより慣れろ、理屈だけでなく、とにかく場数を踏むことでしか上達しない、というのも似ている。
 そして、ちょっとだけできた時のウレシさ♪なんかねー、どちらも、ものすごーく「自由」度が高まった気分がするのです。

 日本人って完璧主義だから、「どこへ出しても恥ずかしくない語学力でなければ喋れない」「どこへ出しても恥ずかしくない着姿でないと着ていけない」という風潮がある気がする。その高いハードルが、結局は「何もできない」レベルに押し込めてしまうのだと思う。
 私のインチキ英会話(笑)。私のインチキ着付け(大笑)。日本人の繊細な感性から外れた、怠け者の見切り発車的な越し方が、「できて嬉しい」「自由でいい気分」を生んでいると思う。

 最初のほんのちょっとは、「教育」なのですよね。そしてその後は、「とにかく実践」。その2つさえ揃えば、ものすごーく世界が広がる、ということを、英会話と着付けで感じるのでした。
 しかし、並べて単語にすると、すごい「教養」って感じですね(爆)

posted by eribow at 10:39| Comment(6) | TrackBack(0) | 着物つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月23日

和グッズのプレゼント

 またまたeribowにお任せ状態が続き、すっかり影が薄くなっているmizuhoです。皆様こんばんは。

和小物プレゼント.jpg
 もうすぐ誕生日で、妹夫婦からプレゼントもらった。
 蛍の飛んでいる扇子、こい紫の帯締め、髪飾りにも帯留めにもなるコサージュ。真ん中のちっちゃい金具は「ブローチを帯留めにする」便利グッズ。こんなのあったんだ! これがあればブローチの金具をペンチで削り取ったりしなくてすんだなあ。
 それから、サヤエンドウ柄の手ぬぐい。これは義弟(うわー新鮮な響きだ!)が選んでくれたそう。かわいい〜。
 
 こういう小物もらうのって嬉しいなあ。浴衣で蛍狩り行きたいな〜。

ーーーーー
 しばらく書かなかったのは、仕事の企画書きで頭がいっぱいだったせいではあるのだけど、ここのところeribowの書く内容に違和感があり、それをどう表現していいか悩んでいたというのもあったりする。
 eribowの書く記事は一読者として面白く読んでいるし、別に書いている内容が納得できないとかそういうことじゃないんだよね。だけど、私のスタンスとは大きく違う。共同ブログなんで、たとえばmixiの私のページから飛んできたりする人って、ここに書かれていることは私の意見だと錯覚するんだろうなあ、と思うと、なんとなく心がざわざわしたりするわけだ。

 まあ、そんなことは共同ブログを提案した段階からわかっていたわけで(そもそも共同ブログやろうよ、と言い出したのは私だし)、本来なら、eribowの書く内容に反応して私の思うところを書いていけば共同ブログならではの面白みが出るはずなんだけど。ちょうどeribowのヒートアップと企画書きが重なってできなかったんだよねー。それに、「違和感」の正体が自分でもよくわからないこともあって。

 一番大きな違いは、eribowは世の中を変えたいと思っているけど、私はあまりそういうことに興味がないってところなのかも。私にとって着物はあくまで趣味であって主義ではないんだよね。「着物遊び」して面白いことをいろんな人と共有できたら楽しいなあ、仲間が増えると楽しいなあ、というところでブログやっているわけで。「もっと! 着物遊び」に私が参加してないのもそのスタンスの違いなんだと思う。あ、オフ会は楽しく参加してるけど(笑)。

 結論としては、仕事も一段落したので、eribowともっと語り合おうってところかな。このブログももうすぐ丸2年。テンション落ちずに(というか、上がり続け?)続いているのはeribowのおかげだね。

<eribowのコメント>
 おおっ、mizuhoだ!(@O@; 久しぶり〜待ってたよ〜(涙)

 共同ブログなのに私のキャラががんがん立っちゃってて申し訳なく思ってたよ〜。スタンスの違いはあって当然、だから別ブログを立ち上げたの。ここは共通するところを楽しむところ、私にとっては「主義」を形にする場所ではなくて、ブツブツお喋りをする場所と、自分の中でも使い分けてました。私だって単純に楽しいだけ、という部分はずっとあるしね。
 それでも私のテンションが高いので(^^; 確かにmizuhoつながりの人だと「???」になっちゃうかもね(^^;;; 私としては、もっとmizuhoが出てきて私のことを「薄めて」ほしかったんだけど、書けない状況も知っていたし、催促しても‥ねえ。好き勝手に書いててゴメンネ(-_-;
 私としては、mizuhoとの好みの違いやスタンスの違いは楽しんでいるので、私と違うところはドンドン強調してほしいかも♪

posted by mizuho at 23:43| Comment(13) | TrackBack(0) | mizuhoの箪笥 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月22日

着物イベント「花おとめ」戦利品

 日曜に行った着物イベント「花おとめ」で、やっぱりお買い物しちゃいました(^^;
 だって‥木綿着物があったんですもの!!!

hanaotome 024.jpg 入手経路:イベント
 値段:800円

 「花おとめ」の着物出品は、アンティーク率がとても高かった。銘仙の独特なあでやかな色彩に、頭クラクラ目はハート♪思わず20枚ぐらい買いたいくらい。その衝動をジッと抑えて品定めオンリーに徹していたのですが、この木綿単衣を発見。値段を聞いて即、「買います!!!」。
 まず、木綿っていうだけで品薄じゃないですか。あれば、必ず目は通します。昨年1枚自作してみて、浴衣ちっくな着心地と洗える気安さにすっかり開眼。今買えばこれから着られます。また自作にトライしようかな〜と思っていた矢先、これは反物代より安いじゃないですか!!

 後先考えず買ってしまったので(^^; こうやって吊るして改めて見ると短いです(汗)。それに袖も長いねえ。古いものなんでしょうね。袖は切ってもいいし、対丈っぽく着ても似合いそうだから、よしとしましょう。
hanaotome 026.jpg  この大胆な色彩感覚は、日本人の美意識の高さを改めて感じさせます(感心)。でもこの色柄は、実は私にどんぴしゃ似合うというわけではない気がします。もっと似合う人はいそうだ。でもまあ、気軽に、ほんとーに普段着に着るには相応しいデザインでしょう。私の明るいキャラに合わせて、ポップに元気に着こなしてみたいです。
 これに合う赤い半幅帯700円をチェックしたのですが、ちょっと迷って手を離した隙に、他のお客さんの手に。ウワー、やっぱりほしい(><; と横目でチラチラ狙ってたんですが、結局お持ち帰りされてしまいました(T-T)無念

hanaotome 027.jpg 入手経路:イベント
 値段:1,200円

 麻の足袋です(鼻息)。麻って履き心地はどうなんでしょう?(興味津々)この値段だし、お試しで買ってみました。
 午後に出向いたので、柄足袋はだいぶ売れて合うサイズがなくなってしまっていました。もう買うまいと思っていたのに、つい買いたくなる胸キュンな柄が揃っていて、早く来ていれば‥とちょっぴり後悔。値段は980円と1,200円の2段階。いずれにしても申し分なく安かったです。
 
hanaotome 029.jpg 入手経路:イベント
 値段:300円

 そして‥こんなものも買ってしまいましたぁ(>▽<; 掌に乗るくらいの可愛らしい手作りダルマさん。起き上がりこぼしなんです。
 いろんなこと諦めたり叶わなかったりの繰り返しの私、めげることも多い日々を送っています。そんな自分を心の中で励まして「起き上がりこぼしのように、転んでも転んでもしつこく起き上がろう、死ぬ時にどんな位置にいたとしても、いつも上を向いてだけはいることにしよう」と決めているんです。そんな気持ちにぴったりフィットの子♪
 笑顔や泣き顔のバージョンもあったんですけど、苦しくてもがいている時にあんまりニッカリした表情は胸に響かないし、元気出したいのに泣き顔でも‥ねえ(笑)。というわけで、「平常心」の表情を選んでみました。大事なマスコット(=お守り)にしようと思います。

hanaotome 028.jpg 入手経路:イベント
 値段:0円

 「花おとめ」イベントの、オリジナル手拭いです。先着150名様に入ることができました。ラッキー♪
 同じ着物イベントでも、「花おとめ」さん達は、そこここにアートを感じさせる企画でした(感心)。

 着物と足袋と小物と手拭いで計2,300円。入場料をカウントしても2,800円。半幅帯買ってたとしても3,500円。「何も買わない」はずの私でも、この合計額、このコストパなら許容範囲?(><;
 でも、木綿着物ゲットできたから、ま、いっかーー!!!(←買い物しちゃった後のキメ台詞はいつも同じ)

※先週の大人気「着物で立ち飲み」ネタに「とんちゃん」の写真を追加しました。興味のある方はチェックしてみて下さい(笑)。
posted by eribow at 13:47| Comment(10) | TrackBack(0) | eribowの箪笥 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月21日

こまばさんとバッタリ会いました!

 白山で行われた着物イベント「花おとめ」、行ってまいりました。イベントのご報告はまた後でということにして‥なんと、「東京毎日きもの」のこまばさんに偶然お会いしました(@o@; しかも、イベント会場ではなくて、帰りがけの地下鉄白山駅の階段の途中で!

 着物姿の女性に「eribowさんですか?」と声をかけられるも、ブログを読んで下さっている方であることはちらほらあるので、さほど驚きません。が、ブログつながりの方であったとはビックリ!
 恐る恐るお時間あるかお聞きして、お茶をお誘いしてしまいました。快諾下さったので、さっそく駅傍のカフェ風?のお店へGO!

komabaeribow.JPG ほんとに偶然なのですが、2人ともアンティーク風で、まるで打ち合わせでもしたかのような取り合わせ(笑)。

hanaotome 020.jpg こまばさんは、白と青の爽やかな色の組み合わせの銘仙?に、薄い水色の染め帯のコーディネートが素敵〜!!!とっても「可愛らしい」方で、ご本人ともばっちり似合ってます。半襟はキュートな水玉♪写ってませんが鼻緒のツボが赤いカジュアル下駄も素敵でした♪

hanaotome 011.jpg 私のコーデも発表します♪

着物 :6枚1,000円(世田谷ボロ市)
帯  :1,000円(フリマ)
帯揚げ:3,000円(染め体験)
帯締め:1,000円(きもの日和)
白半襟:0円(実家から)
柄足袋:1,980円(呉服屋)
下駄 :840円(リサイクル屋)
髪飾り:100円(100均)

 トータル1万円以内ですねV(-_-) 最近は桜染め体験での自作品が、コーディネート内で一番高額、というパターン多し(笑)。着物より帯より帯揚げが高価って‥(-_-;
 銘仙だと思って購入した着物は、後になって「お召し?」と思われ。最高気温25度の予報に、迷わず単衣です。正解でした。

 お声かけていただいただけでめちゃめちゃ嬉しかったのに、その後のお喋りの楽しかったこと!とても初対面とは思えませんでした。2時間はあっという間です。
hanaotome 023.jpg お声かけて下さらなかったら、一人さみしく帰路に着いていたところ。昼暑かったので喉渇いて、自販機でペットボトルのお茶でも買おうか、駅の売店で缶チューハイにしようか、と考えてたところ。しかもブログつながりの方って「いつかお会いしたいな〜」とは漠然と思ってるわけで、もう何重の意味でも嬉しかったです。いやあ、ビールの美味しかったこと♪
 出会いのいっぱいあった1日ですが、最後にまるでラッキーの駄目押し(笑)。ほんと、数分ズレていたら、出会ってませんでした。こんな「信じられないような幸運」ってあるんですね〜(しみじみ)。

 楽しい一時をありがとうございました。これからは直のおつきあいもどうぞよろしく!>こまばさん
posted by eribow at 00:50| Comment(4) | TrackBack(0) | 着物でお出かけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月20日

着物の変遷考

 ただ「きれいだから」「素敵だから」着たいと思い、ただ着るだけで嬉しかった当初からだんだん変化して、いやでも耳に入ってくるいろんな「声」から「着物/和服って何?」と考えてしまう日々が続いています。
 その声の一つは、着物を愛好する側からの「このような着姿が美しい」という主張。もう一つは、着物を着ない側からの「着物着るなんて酔狂だね」という風当たり。「和服はきちんとor正しくor美しく着なきゃ」にせよ、「現代人なんだから洋服着なきゃ」にせよ、私のテキトウ着物スタイルとひっかかることもしばしばです。mizuhoをはじめ「幼稚園や学校での着物」という話題にあるように、お仲間の皆さんの体験も共通するものが多いようですね。
 で、理屈屋のeribow(^^; としましては、須(すべか)らく衣服というものは変遷していくものであって、「正解」はない、ということを裏付けるべく、「着物の歴史」に興味が強くなりました。現代の和服のほぼ原型と思しき江戸時代の和服を浮世絵で観察し、現代の「正統派」着物が成立した明治〜敗戦後までの流れを分析し、そもそものルーツとしての「呉服」の受容について興味をわかせる‥といった按配です。

 その一環で、とある本の中で、「おはしょりというのは、屋内で“おひきずり”で暮らしていた女性が、外出する際にたくし上げたのが由来で、そもそもは屋内でおはしょりはおかしい」という歴史的指摘を読み、服飾研究家・高田倭男(たかたしずお)氏を知るところとなりました。

服装の歴史 『服装の歴史』、中央公論新書、1,200円(税込)。

 そうだよ、行き当たりばったりで着物のことを考察するんじゃなくて、こうなったらいっそ「服飾研究」にまで走るのが本当だよ!服飾の「比較文化論」もおもしろいじゃん?
 と、思ったのだが‥「服装に正解はない」ということを主張するために、古代装束や世界の民族衣装にまで視野を広げるのも、カッタルく感じられてきました(^^; 何というか、最近この話題を連打して、自分でも飽きてきたというか、食傷気味‥(-_-;
 こんな本に出会ったお陰で、「そこまでやっても?」と逆に一気に歴史研究熱減退。

 ま、「過去」や「異文化」を知ることは、「今、自分に見えている範囲」で服装というものを判断する、ごく一般的な、大多数の(健全な)思考回路に対して、理論武装にはなるでしょうが、そもそも衣服は直感的なアイテムです、どんな理論を目にし耳にしたって「美しく見える」「変に見える」という感覚はさほど動かされないのではないかと思われ。歴史や異文化を視野に入れるのは、あくまでも自己満足の世界ですよねえ(遠い目)。
 これからも「歴史分析」欲は続くでしょうけれど、その事実を知らない人に対して「へぇ〜ボタン」を押してもらうのがせいぜいで、自分の着たいスタイルが好意的に受け入れられるかどうかとは、あまり関係ないことなのだ、という気がしています。

 現在の心境は、「僕の前に道はない、僕の後ろに道はある(by 高村光太郎)」ですね(-_☆
タグ:着物 歴史
posted by eribow at 07:53| Comment(4) | TrackBack(0) | おすすめの本・映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月18日

『日本和装の挑戦』出版される

 私が着物を着られるようになるまでお世話になった無料教室の、そして各地で悪名高い(^^;、日本和装の社長の本が出たそうです。

nihonwasounochousen.jpg 『日本和装の挑戦』、IN通信社、1,800円(税別)。発売は今年2月27日です。“革命児・吉田重久が「着物業界の常識」を超える!”との副題がついています。
 著者は社長本人ではなく、評論家でラジオのパーソナリティの鶴蒔靖夫氏がインタビュー、取材を通してまとめたもの。社長が著者の番組に出演したのがそもそものきっかけだそう。成功した社長にありがちな「俺が俺が」本でないあたりが、何かと風当たりの強いかの社ならではかもしれません。

 日本和装無料着付け教室の修了生には、季刊誌「KOSODE」が送られてきます。その最新号の中で紹介されていたのでさっそくこちらで取り上げてみただけで、中身は読んでいません。アマゾンでちょっと読めましたが、社長の信望者がよさを強調して書いている風が読み取れました。
 「KOSODE」では、かの社長が、いかような考えで、いかにして日本和装を経営し、育ててきたかを語るコラムが連載されていましたので、例えば洋服業界から転進してきたことなど知っていることもありました。それを、改めて他人の口から、さまざまな取材資料で厚みを加えて出したもの、とお察しいたします。

 私にとって日本和装は「恩人」であり、また社長の理念、「着物という素晴らしい文化を絶滅させてはならない」という思い、「かつて母から娘へ伝えられた着付けは、無料でなければならない」という思想は全く同じ。本当ならば、(この本の著者のように?)諸手を挙げて賞賛したいところです。
 しかし、そうはできないほど、あまりにも胸痛む話を耳にしすぎました。また、私自身は「実害」はなかったものの、「皆が何のことを悪く言っているか」が理解できる程度の体験はしているのです。恩義を感じている私は、「苦言を呈するのも応援のうち」とばかり、カスタマーセンターへ、何度も何度も「建設的な苦情メール」を出し、何度かは直接電話でのやりとりもしました。それで何かが改善されたのかどうかは、分かりません。
 上場という華々しい成果の影には、膨大な怨嗟の声があることを、おそらくこの本には書いてありません(^^; 好意的に解釈したい私としては、無から始めた弱小企業が短期間で成長する影には、どうしてもひずみは生じてしまうものだ、規模が大きくなって体制が整った暁には「きれいごと」が初めて本当に実態に合ってくるものだ‥と信じたいものです。

 で、買って読むかというと、買いません(^^; 当該「KOSODE」の読者プレゼントに、この本も含まれているので応募してみます(爆)。袋帯や夏物バッグは、どうせ競争率高いだろうしね〜
タグ:日本和装
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2007年05月17日

着物に恋(3)

 「週一着物」を決意したのは2005年3月のこと。それから2回目の春が巡り、私の着物ライフは3年目に入りました。
 着物LOVEの感情があまりにも恋愛に酷似しているので、「着物に恋」「着物に恋(2)」という記事で熱く(笑)語ったのはもう昨年の夏のこと。熱は冷めてませんよ、ゑゝ!(-_☆
 恋というのは、考えると頭がカァーっと熱くなって、胸がきゅっと締めつけられる。カァー&キュッ、今でもですよ(驚)。重症ですね。
 恋愛っていいよね〜何と言うか、生命のエネルギーの迸(ほとばし)り。理屈抜きの情熱。しかもそれが儚く消える「勘違い」などではなくずーっと長く続く。体質の違う人にはなかなか分かってもらえないかもしれませんが、ウム、いいもんです。
 もし私が着物に情熱的すぎてちょっとヘン、と見えるとしたら、むべなるかな、「恋の病」だからであります。

 今までもいろんな趣味を遍歴してきて、それなりにいつも熱くハマるんですが、ここまで恋愛チックなものはあまりない。
 強いて言えば「沖縄」がそうだったかな〜。あれも、胸がときめいて、熱くなって、心の芯が切なくなる。ながーくおもーくなったのも同じ。ま、着物も沖縄も「着物熱」「沖縄病」という言葉が割に普通に用いられることからも、私でなくとも一般的に「病」化、「重症」化しやすいジャンルではあるようです。
 でも、沖縄は「抜け」ました。着物のせいで(爆)。いや、いまでも勿論大好きですよ、飽きたわけではありません。でもかつてのような「毎日頭一杯」のような現象は、すっかり着物に道を譲りました。

 最近の私が「語り」に走りがちなのも、かつては「会うだけで幸せ♪」と単純だったのが、「私の愛したこのヒトの素晴らしさを皆に認めてもらいたい」に進んできたからとも思われ。売れないミュージシャンや大発見目前の科学者のように、私はその価値を絶大に認めているのに世間からは省みられない、という状況があって、それに憤慨している、という感じかな。気分は糟糠の妻です(鼻息)。

 「惚れてる」割には、毎日着ようとは思わないんだけどねA(^^; へへへ
タグ:着物
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2007年05月15日

着物で立ち呑み屋へは行けません?!

 「着物ではできないことネタ」第二弾です。今回は、表題の通り、昨今大流行(はやり)の立ち飲み屋を取り上げてみたいと思います。
 前回は、アスレチック、バイオリン演奏を取り上げて、主に「運動性能」の点から、和服=長着スタイルへと矮小化してしまったゆえの困難に視点を置いていました。話が、フラメンコ、運動会、お砂場遊び、木登りと順調に展開しましたのは、皆様からの豊富な情報提供によるものです。ありがとうございます♪

 さて、「激安着物生活」でお馴染みの畏友・天和斎(てんほうさい)さんが我が家にお越し下さった昨日のこと。うちで軽く夕飯食べて、帰りに駅まで送りがてら、駅前の立ち呑み「とんちゃん」に寄ってみようかと思いつく。いつの時間帯でもお客さんで賑わっていて、たいそう繁盛していますが、どーも女性一人では入りづらくて、また近所のママ友を誘うような理由もなくて、未踏だったのです。酒飲みの天和斎さんなら、つきあってくれるに違いない!(希望)
 が、天和斎さんは和服。しかも、上品な海老茶の江戸小紋に、紅型風の名古屋帯。「この着物で立ち飲み屋はちょっと無理だよねえ」と私が言うと、「ええー、私は人にどう見られるとか全然気にしないよ、平気だよ」とのたまう。「うーん、私だったらちょっと無理だな。」と弱腰になりつつも、どうせ途中なので、店の前を通ってみることにする。

とんちゃん 遠くからもよく見えるデカい赤提灯。カウンターだけの店内は、暖簾を跳ね上げてあるので、丸見えです。店の外にも箱を積み重ねて板を乗せただけのショボい簡素なテーブルが2,3卓用意されていて、外の席までお客さんでいっぱい。お客は仕事帰りのサラリーマン、作業着のあんちゃん、競馬場帰り風のおっさんなど、男くささ満点です。焼きものと煙草で、もうもうと煙が立ち昇っています。おまけに駅前ロータリーに面して人通り繁(しげ)く、お客はほぼ「見世物」状態です。
 実は、オープンな店構えと明るい雰囲気からか、普段はけっこう女性客もいるんです。ギャル風のおねーちゃんやら、地元密着型ジャージのオバさんなど。しかし、昨日は見事なまでに男性ばっかりだった。
 「ねっ、着物だと入りづらいでしょう?」と店の前で立ち止まって、覗き込んで女性客を探す私。天和斎さんは「うっ」と絶句し「これは私でも無理だわ〜」と弱音を吐いた。「やっぱりね」と納得する反面、「なーんだ」とちょっとがっかり(笑)。飲みたい気分はあったので、「いいじゃんいいじゃん、入ろう、飲んでいこう♪」と言ってくれたら、それはそれで嬉しかったんだけどな〜。

 さて、このエピソードが指し示す「着物でできないこと」、それは着物の持つ「上品」「優雅」「女らしさ」に起因すると思われ。
 男性なら、よかったかもしれない。どカジュアルな木綿やウールの着物だったらよかったかもしれない。しかし、はんなり小紋に、赤い帯は、ウツクシすぎた(^^; (ポリだったのか〜そうは見えなかったぞ!)皆さんに「雛人形のよう」と賞賛された白く艶のある肌と、おちょぼ口風に引き締められた口紅の和メイクも、かの店の客には似つかわしくなかった。
 天和斎さんがどこまで「周りの目を気にしない」のか興味あったし、別に自分じゃないからよかったんだけど(爆)、ためらって止めてくれた彼女に、ちょっとほっとしました。

 20代の頃、友人の結婚式に出席した時、「この格好でできないことは何だろう?」と考えて「振袖でディスコのお立ち台は無理だな」と思いついたことを覚えています。あと「酔っ払って吐くのもイカンな」とも。(注:どちらも当時よくやっていたことです 恥)
 そう思いついた根拠を考えるに、「傍から優雅に見えないこと」は、(私的には)NGだと思われます。

 実は、振袖でボージャクブジンなとある有名女性を知っています(^^; だから、厳密に言うと、「着物でできなくもない」ことだとは思います。しかし、「浴衣でアスレチック」同様、物理的にできなくもない、ということと、私が「できない」と定義したいものとは異なります。
 知らなくて踏み外してしまった人は大目にみましょう。人より目立つことで収入を立てねばならない職業の人のことは別にしましょう。それ以外の、ある程度以上の着物好き女性は、「煙モウモウの男だらけの立ち呑み屋」は厳しいのではないかと思います。

 と、ここまで書いて、酔って気が大きくなった私は、もしかして何でもやってしまうかもしれない‥(-_-; と恐怖に襲われました。鶴見の「とんちゃん」で一杯やっている着物姿がいたら、それはきっと私です‥(~▽~;
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2007年05月14日

着物ルーツ・古代中国の衣服

 家の「お片付け」の一環で掘り出された、未使用の古ーい絵葉書に、古代中国の偉人が描かれておりました。かつては興味のカケラもなかったのに「着物を見る目」で見た現在、めっちゃ興味深い!これはまさに呉服‥日本のキモノの源流ではないですかっ!(@_@;

no-title このお方は、張仲景(ちょう・ちゅうけい)という、後漢代のお医者さん。紀元200年頃と言われています。

 襟合わせ。重ね。袂。裾。パーツ、構造が、非常に「キモノ」を思わせます。上着は、何だか道中着みたいですね。裾は完全にAラインです、現代のお直しおばさんに見られたら「アラアラみっともない!」と注意されちゃうでしょうね(爆)それとも袴的なものなのかな?
 身の真ん中に何かぶら下がったものは、室町〜戦国時代の衣装である能装束で見かけるものとよく似ています。細帯を締めた余りを装飾的に前に垂らすもののようですが、見るたびに「現代でいえばネクタイみたいなものかな?」と思っています。あるいは首からぶら下げるネームタグ?

 袂は、振袖のように長いですね。そして、長襦袢と丈が合ってません。やっぱりお直しに‥ってちがーう!(^^; 身分が高くなるほど、衣服は装飾的に、非実用的になる傾向がありますから、この袂の長さから、おそらく身分の高い人なのだろうということも読み取れます。
 この方より150年くらい下った時代に『肘後備急方(ちゅうごびきゅうほう)』という医学書があります。肘後、というのは、袖の下、まさに袂のこと。備急というのは、もしものときに備えて、とか応急処置とでもいうような意味で、方は方法のこと。現代訳すれば「救急ポケットマニュアル」です。ポケット、の部分が「袂」であることが大変面白いですね。
 衣服に袂がある。袂はモノ入れとして使われる。この構造を理解していないと、1700年前の古書のタイトルがピンときません。もしも和服が完全に忘れられていたら、古代中国に「ハンドブック」があったんだというイメージ作りが、ストレートにはできないに違いありません。

 張仲景とは、中医学の礎の一つとなった『傷寒雑病論』という不朽の名著を残した人です。驚いたことに、現代でも薬局や病院で処方されるメジャーな「漢方薬」の中には、この本に載っているものも沢山含まれるという、歴史的にもそして臨床的にも非常に優れた医学書です。
 日本では稲作が始まり、邪馬台国が現れ、古墳が作られ、やっとこさ「社会」ができ始めた頃。殆どの日本人は竪穴式住居に住まい、食事は手づかみ。そんな頃に、このような衣服をまとい、文字と歴史と社会制度を持ち、「医学」までも発達させた海の向こうのお隣の国は、日本にとって目も眩む先進国であったことでしょう。
 後漢の次が、魏・呉・蜀三国時代。この絵は、和服のルーツ「呉の服」のそのまたルーツなのであります。

 かつてだったら「現代では滅びたなんだかダラダラ重ね着した服」にしか見えなかったであろうこの衣服が、連綿と続く構造を同じうし、細かいパーツは変遷している、着物との対比で観察できます。和服によって獲得された「視線」は、こんなに遠くまで届くのだ、と感慨。
posted by eribow at 23:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 着物つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月13日

着物着てるだけで影響

 「言葉に出して誘わなくても着てるだけで影響することもある。。。のね。」とは、百合さんのブログで見かけた台詞。読みながら、思わず首を激しく縦にブンブン振ってしまいました。そう、私自身が「着ている人の影響」を受けて、現在の着物ライフに至っているからです。

 着物歴のカテゴリでは何度も触れていますが、私の着物ライフ開始に決定的に影響を与えたのは、とある一女性の着物姿。今は顔も名前も覚えていない、まさに一期一会の人なのに、私のその後の人生を変えたと言っても過言ではありません。
 振袖ちっくなお嬢様や、格調高いおばあさんの、着物のイメージを打ち砕く普段着らしい格子柄。目から鱗の「居酒屋の飲み会に着物」。子育て先輩であり、バツ一シングルマザーという大人の女性への尊敬。彼女のカッコよさは忘れがたい印象を胸に刻みました。

 だから、私は、いつどこで誰にどんな影響を与えているか分からないぞ、と思いながら着物を着ています。町中で、お店で、電車の中で、「へええ、着物っていいなあ」とか「ああいう着物もアリなんだ」とか「楽しそうだなあ羨ましいなあ」とか、思われるかもしれない。それがきっかけで着物を着てみようと思う人が、現れないとも限らない。そこまでダイレクトな影響でなくとも、心のどこかにその像が刻み込まれて、いつどこで「芽を吹く」かも分からない。
 毎年近所の花火大会には浴衣で行っているんですけれど、毎年徐々に浴衣率は上昇しています。それも、私の着姿が響している可能性あるんだよ(爆)。特に、男性の浴衣率が上がっているのは、細身で(いちおう体型は)かっこいいうちの夫が浴衣着ていっているせいではないかと、密かに自負しております(-_☆

 どうせすでに着物が好きな人しか読みに来ないこのブログでいくら吼えても(笑)別に着物人口は拡大しませんが、「ただ町中で着ている」ということだけで、ぜぇーーったい影響はあるって。
 私がかつて与えられたような「忘れられない出会い」がどこかで起こっていることを、そして次の世代へのバトンになっていることを、祈りつつ信じつつ、婉然と微笑んで着ていたいものです。
タグ:着物
posted by eribow at 23:18| Comment(14) | TrackBack(1) | 着物つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月12日

Gメン'75で見た着物ネタ

 「普段着物が廃れ、奢侈品へと変化していく」現象の研究に勤しんでいる今日この頃です(笑)が、懐かしのTV番組の中にもそんな片鱗を発見しました。
 それは『Gメン'75』。1975年(昭和50年)5月24日から82年(昭和57年)4月3日まで7年間に渡って355話放映された、刑事ドラマの名番組です。小学生だった私にとっては「大人」を感じさせる、でも理解可能な(笑)番組で、めっちゃハマってました。

 ケーブルテレビでの再放送を夫が見ていて、「着物が出てるよ〜」と呼んでくれたので、チラチラと横目で齧り見しました。呉服店に勤める二十歳(はたち)前の女性が主役のよう。自分ではとうてい手が出ない高級な振袖に心奪われ、ついに商品に手を出してしまう。その弱みを握った社長?理事長?にゆすられる。そしてその怨恨‥というようなストーリーだったようです。
 その犯罪動機、お話のテーマは、「若い女の子なら誰でも夢見るような素敵な着物、しかし現実は若い女の子のお給料ではとても買えない。目の前に欲望を刺激するモノがぶら下がっているのに、それを手に入れるすべは与えられていないという消費社会の残酷。」のようです。30年前にはすでに着物は奢侈品の典型になっていたということを示す、興味深い例ですね。へぇ〜ボタン連打です(笑)。

 しかーし、ドラマならではのいろいろな不自然な点が。
 Gメンに追い詰められた犯人の少女は、「私の着物!」と絶叫しながら着物をむしりとるのですが、もみ合ううちにビリビリと裂ける。犯罪を犯すまでに着物を愛した者が、そんな手荒な扱いをするものでしょうか?(^^;
 また卑劣な社長?にゆすられた少女は貞操を奪われるのですが、コトが終わって呆然と横たわる彼女に、男は件(くだん)の着物をふわりとかけてやる。するとそこには純潔を失った印として、血の染みが‥って血だよ?!(動揺) 女は店員、男は経営者、ともに呉服屋だろうに、そんなことするか?!染み抜きはどうしたんだ?
 あああ、脚本を書いた人は、着物に興味も知識もないに違いありません(T-T)

 30年前なので、発想が古いな〜という部分はいろいろあり、「体張ってまで着物ほしいかな?」とか「がんばってローン組めば買えるよな?」とか「エロ親父に利用されたからって、人生台無しってほどのことかなー?」とか、突っ込みどころ満載。ああ、でもその時代感がGメン'75の人気の秘密でもあるのかも(笑)。
 しかし、先日話題にしたばかりの『三丁目の夕日』の昭和30年代に「姿を消した」着物。それから20年後の昭和50年代には、「庶民には手が出ないもの」が常識になっていたことが伺えます。先日、126円で入手した着物を高額品と誤解された事件も、30年前からの常識からなのだなーと理解ができますね。
 このストーリーから着物というものが、虚栄(=中身ではなく見かけ、自らの価値観ではなく他人との比較による)であり、奢侈(=必要なものではなく無駄なもの、精神的なものではなく物質的なもの)であるものになっていっている過程が露呈しています。そのことはちょっと哀しいけど、一方で、そこまで「憧れ」があったことも確か、という側面は嬉しくもありますね。

 なお、情報の一部はチャボ&飛鳥さんのGメン'75のページを参照させていただきました。ありがとうございました>チャボ&飛鳥さん。充実のページにぴっくり。Gメンってやっぱり私の世代には外せないのね(笑)
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2007年05月10日

着物で知る「花への愛」

 着物を着るようになって変化したことの1つ‥それは、植物、特にお花が好きになったことです。
 「季節に敏感になる」の一環なんだけど、「着物が似合う場所」に「庭園」があったりするので、季節ごとに「花を見に行く」が口実になって着物を着たりして。
 また、柄行の知識のために、植物全般に興味が強くなったからでもある。「今の季節の花って何?」「この花はいつの季節の?」って。
 着物のために写真を撮るようになったこともある。花は、シャッターを押したくなる被写体ですよね(笑)。写真を撮るためによく見るようになり、魅力にも気づくようになりました。
 そして、着物好きさんには、花好きさんが多い!ガーデニングを楽しまれる方も多いようですね。ブログつながりでは、うまこさんや、なつさんがしばしば素晴らしい花の写真をUPしてくれているので、楽しみにしています。

 もう先月のことになってしまいましたが、近所の馬場花木園に行った際、公園の名の通り、たくさんの花があって、沢山見てきました。
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 見事な牡丹に芍薬。現代では薔薇に押されて「美の象徴」として語られることは少なくなっていますが、ものを見るとなるほどと納得します。牡丹、デカっ!

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 藤棚、水仙、桜草。

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 和紙の原料、三椏(みつまた)。白くてきれいな花なんですね。真っ赤な木瓜(ぼけ)。名前は酷いけど(笑)美しいです。八重桜。花に囲まれて、何度写真を撮ったことでしょう!

 同じ着物でも、男性の着物や、昔の庶民の着物は、無地や幾何学模様が主かもしれませんが、こと女性の着物や帯は、植物を抜きには語れません。こんなに植物と関わりの深い、そしてバラエティが豊富な衣服が、世界にあるのでしょうか?
 これほど自然が、四季が豊かな国は、世界の中では珍しい方に属します。これほどの豊かな自然を「着る」という行為に織り込んだ衣服も、珍しいと思います。美しい文様を発達させた文化は数多いと思うけど、日本の場合、「絵」だものね。贅沢なものです。(文様もあるけどね!)
 捨ててはならない日本文化の重要な特徴の一つは、この「季節」「自然」への深い愛着です。この部分は、世界に誇り、子孫に受け継ぐべきものではないでしょうか。そしてそこには「着物」が密接に関わっています。和服が単なる衣服でないと何度も強調するのには、こういうこともあるのです。
 着物のイメージの中に、「癒し」や「潤い」が含まれていることは多いですけれど、おそらく日本という国土、日本という伝統が持つ「花への愛好」が大いに関係しているのでしょうね。

 着物ライフをスタートした時点では、「花が好きになる」なんていう変化が起こるとは思いもかけませんでした。世の中にこんなに花が沢山あったことも、身近にあったことも、気づきませんでした。今は「次の季節の花」をいつも心待ちにしています♪
タグ:着物
posted by eribow at 11:39| Comment(4) | TrackBack(0) | 着物遊びの楽しみを語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月09日

ALWAYS 三丁目の夕日、着物が消えた日

 ケーブルテレビ放送で、『ALWAYS 三丁目の夕日』観ました。人気のある‥いいお話‥なんでしょ?でも私はちょっと変わった感想をいだきました。「ああ、この時代に(普段)着物は死んだんだ」と‥。

 昭和30年代が人気ですよね。プロジェクトXの東京タワーがハイピッチで建てられるドキュメンタリーも観ました。新横浜ラーメン博物館は昭和30年代の町並みを再現して、人気を博しています。
 戦後のドサクサと貧しさが色濃い20年代を脱し、殺伐とした高度経済成長期を迎えた40年代はまだ訪れていない、古さと新しさが同居したつかの間の生き生きした時代。現代人は、そこに「ノスタルジー」を感じるようです。私もそう感じていました。
 しかし「和服はいつ何故、捨てられたのだろう?」という謎解きがいつも心に引っかかっている今日この頃A(^^; この映画を観て、「ああ、この時代が転換点だったのでは」と思い当たる。「古きよき」「懐かしい」「温かい」と言った言葉で語られることの多いこの時代が、私には、着物たちを否定していく過程と重なって見えたのです。

 東京タワーが2年に満たない短い工期で(=あっという間に)できる。TV放送が始まり、速攻で庶民に広まる。その過程は、それまでの日本のスタイルを捨てて西欧化し、それまでの農耕民族的ライフスタイルを捨てて産業社会化していく過程と、そっくりシンクロしている気がする。日本より欧米を、自然と一体化した暮らしよりも文明を、地縁血縁よりも都会の個々人を、愛好し重視する強い強い流れが形作られ、いつの間にかそれが「懐かしい」「もともとの」日本と錯覚されていく。
 「進んだ」洋服がもてはやされて「時代遅れの」和服は日陰に追いやられていく。残った和服は「普段着」「実用品」から「晴れ着」「奢侈品」に押し込められていく。
 平屋の暮らし、土に近い暮らしから、アスファルトと高層ビルの時代へ。徒歩から車へ。木造家屋からコンクリ住宅へ。暮らしの激変を象徴するのが、東京タワーに思えました。東京タワーの建設とともに、着物が滅びたんだ、という思いを抱かずにおれません。

 例えば、ストーリーの中で登場する「サンタクロース」への憧れ。昔の日本に、そんなものはありませんでしたよね(^^; でも、それは少年の心の奥深い琴線に触れるものとして描かれている。
 例えば、血のつながった親子よりも、都会に流れ着いた個人と個人の絆が重く描かれている。
 「何でも注射で治す」お医者さんが、西洋科学技術文明を象徴している。
 お母さん役の薬師丸ひろ子は割烹着は着ているけど、着物は着ていない。
 人々が熱狂するのは、大相撲ではなくて、プロレス。
 私たちが「古い昭和」として知っているものが、実はその当時付け加わった「新しいもの」だったことを、この映画は気づかせてくれました。

 昭和30年代に、着物(と着物の背景にある)文化は一度断ち切られたんだな〜、と感慨に耽りました。
 そして40年代に入り、eribow誕生。生まれた時からTVは当たり前にあり、東京オリンピックも大阪万博も知りません。

 『三丁目の夕日』ファンの人がいたら、ごめんね。でも製作者や見る人の殆どが疑問にも思わないような「懐かしさ」が、私には「哀しい喪失」に思われました。
 いつが古くていつが懐かしいなんて、全て相対的なものなんだよね。私が「東京タワー以前」の着物世界を懐かしんでも、その前、そのもっともっと前、と遡っていけば、いくらでもどこにでも「懐かしさ」は設定できるんだよね。昭和30年代以前の日本の文化が何もかもいいとは思わないしね。
 でも、私は「昭和30年代ノスタルジー」ブームを純粋に愛好できない立場になってしまいました。東京タワーが着物を殺した。違いますかね‥(黙考)。
 ちょっと暗いハナシですみませんA(-_-;
posted by eribow at 17:36| Comment(12) | TrackBack(0) | 着物つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月08日

着物でバイオリンは弾けません?!

 着物ライフが高じてくると、「着物だから○○できない」という発想に反感が芽生えてきます(笑)。逆に「何なら着物ではできないか?」という発想になってきます。できない、ということの殆どが思い込みにすぎないことを暴き、固定観念を取っ払うことが快感に。

 そんな流れで出た話、mizuhoが「着物でアスレチックは無理だね〜」と(^^; 自分の経験に照らして「ええー、子供たちを下からビデオやカメラで撮ってるだけだから、着物でも行けるんじゃ?」と言ったら、「いや、自分も(アスレチック)やるんだよ」と。確かに厳しい‥じゃなくって、エライねえ(笑)>mizuho
 「袴ならできるかな?と考えたんだけど、やっぱあちこちに引っかかるよね〜(悩)」って、考えたんかい(爆)。

 そして、昨日おうちフリマでその話題になり、hanaemibibiさんが「着物でバイオリンは弾けないね〜」と(^^; 音大でバイオリンを学んだそうで、人前で弾く機会もあるのだとか。肩のところにバイオリンを当てるので、着物だと滑るとのこと。
 「できないかなー?と思って、夜中に(わざわざ)着物着てバイオリン弾いてみたら、夫に『何してるの?(-_-;』って言われた」んだそう。試したんかい(爆)。
 洋装でも襟元胸元が大きく開いたデザインで、肌を出さないとダメなんだとか。そしたら、「じゃあ、極妻みたいにモロ肌脱いだら?」と誰かが言い出して、「そうだよ、その下にさらし巻いて!」「それでバイオリン?カッコいい〜♪」と大盛り上がり(爆)。「それでまた夜中に試してみたら?」「だんなさん、もっと『何してるの?(-_-;;;』になっちゃうね」などともう皆勝手なことを‥(笑)。
 「紬なら滑らなくていいんじゃない?」という案も飛び出しましたが、「ちょっと待って、コンサートだよ?!」‥あっ、そうか、ドレスコード的には訪問着クラスだもんねえ。やっぱり‥さらししかないか?(爆)

 いやはや、「着物だとできないこと」ネタは面白いですね♪
posted by eribow at 12:36| Comment(20) | TrackBack(1) | 着物つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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