2006年08月30日

アジアの民族衣装と着物

 夏休み家族旅行でプーケットに行ってきました。泳いだり、象に乗ってきたりしましたよん♪

 飛行機は、タイ国際航空でした。CAさん達の制服はなんとタイの民族衣装!何て言うんでしょう、名称知らないんだけど。すらりとタイトなロングスカートと、肩から斜めがけした長い布?が特徴的。この布、金糸の織が優雅で、和服でいう帯のような感じで、デザインの中心になっているように見受けられました。
 インドネシアの民族衣装もタイトなロングスカート風、ピチっと直線を強調するのが着物に似てる‥と思ってたのに、タイよ、お前もか?!ベトナムのアオザイも、中国のチャイナドレスも、直線ロングドレス風。私の知る限りのこれらのアジアの意匠は、共通性を感じます。

 世界中同じファッションって、つまらない。欧米風一辺倒って、いくらその枠内で究極であったとしても、美意識として乏しいと私は思うのです。それぞれの自国の美が現代に生きている、というのは、尊いことなんだな、と感じました。

 海外へ出るということは、世界の文化のありようについても、自国の文化についても、いろいろ考えさせられますね。


posted by eribow at 23:15| Comment(5) | TrackBack(0) | 着物つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
タイ女性の衣装、スカートは、パートゥン、掛け帯は、サバイといいます。
↓アジアの民族衣装の写真、ありました。
http://members.at.infoseek.co.jp/ikokunotabibito/minzokuishou/index.htm
これ見ると、中国文化の影響ばかりでなく、それぞれの地域・民族の独自性が、衣装に現れている感じ。
近代化と洋服の普及、ある意味セットですよね。 でも、この30年ぐらいのパリ・コレは、アジアやアフリカのテイストとテキスタイルを取り入れてきているので、ミックスも、ひとつの方向性かな〜とも、思います。
Posted by ぶり at 2006年08月31日 08:52
ぶりさん、コメント&情報ありがとうございます

私が文化の独自性を感じるのは、生地や文様ではないような気がします
発想?構造?思想?まあどちらかというと形?
例えば最近話題にしたばかりの、補正の話などがそうですけれど、
「身体観」といったものが、それぞれの文化固有だと感じるのです
私的には「欧米的な身体観」一辺倒はオモシロクナイですね(-_-)

民族衣装のHP、ざっと見ましたが、あまりの豊富さに圧倒されます(@_@;
後ほどジックリ見てみようと思います(-_☆
Posted by eribow at 2006年09月01日 23:05
おかえり〜
元気だねぇ、そう日をおかずに海外旅行とは。

eribowの感じ方だと、韓国(朝鮮)のチマチョゴリなどは、日本の着物に通じるものを感じるのでは?あとはアラブの衣装とか?
Posted by Soya at 2006年09月02日 07:55
おっ、きましたね〜♪ 現象論的説明では、ご不満でしょうね。うふ♪

一例を挙げれば、パリ・コレで活躍している日本人デザイナーの皆さん、日本的なこと、アジア的なことを形にしています。
欧米系のデザイナーのアジア・アフリカの取り入れ方とは、違う。
そーなると、それぞれが由って立つ文化の本質は何か、違いは何か。 その差異が現れる際、何らかの表出原理みたいなものはあるのか、にことに行きつくと思います。
でも、こんなこと言ってると、「着物を着るのは楽しい!」を語っているここのブログからは、逸脱。

なので、ほどほどにしますが、eribow様の仰る欧米とアジア身体観の違いに着目した衣装論の展開、面白そうです♪
楽しみにしていまーす♪
Posted by ぶり at 2006年09月02日 08:04
>Soya
ぴんぴんしてるよ〜 
行けば行くほど旅行行きたくなって、もう病みつきです
旅行ばっかしてる仕事をしたくなってきました(鼻息)

チマチョゴリは、今回指摘した「直線裁ちシルエット」からは外れますが、
近い分類似性は一番高いのではないでしょうか(当たり前?)
どちらかというと袴方向での類似だよね
アラブの衣装は知らないな〜(興味津々)

>ぶりさま
ぐふふふ、「身体観」で食いついて下さいましたね♪
実は、この話は「着物を楽しむ」本題から逸れたことではなく、
私が着物にハマった理由の根幹にあると思われる、重要なポイントです

文様にしても、意匠にしても、形態にしても、
着物をまとってみて初めて「文法が違う」ことに気付かされました
それが「異文化との出会い」のショックと魅力を生み出し、
強烈な着物への傾倒を推し進めたとも言えます

着物を愛好しない人は、この「衣装独自の文法」への出会いがないと思うのです
たった一つの(=洋服の)センスで一生を生きる人に、分からない世界があります
着物を着るということは、もう一つの文法を自らの内に所有することのような気がします

話し長くなるので、またいずれ(笑)
改めまして、反応してくださって、ありがとう♪
Posted by eribow at 2006年09月03日 11:25
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。