実は、私とeribowとsoyaの間には、手作り足袋のネットショップをやろう、というプランがあった。格安でセミオーダーみたいな感じで柄足袋をつくれば欲しい人いるよね、と。
店の名前をあれこれ考えたり、品揃えをどうしようか、なんてメールで相談するのは楽しかった。それで儲けようというより、soyaが趣味の延長でちょこっと手間賃もらえればいいね、くらいのノリだったんだけど。
オフ会でsoyaのつくった足袋を見せて、欲しいと思う? とリサーチしてみたりもした。で、私がもらった金魚柄の足袋を欲しい、という方がいらした。soyaの遺作は多分このオーダーに応えたもので、商品一作目なのだと思う。
入院のとき足袋のことをかなり気にしていた、とお連れ合いから聞いていたので、未完成だと思っていたのだが、見た限りでは完成している。出来に納得していなかったのかどうか、今となってはもうわからない。とりあえずオーダーした方に届けようと思う。
市販の白足袋に刺繍して草木染めした試作品もあった。草木染めをやりたいという話は聞いていたんだけど、染めはあまりうまくいかなかったらしい。
思えば、就職で鹿児島へ移住してしまったsoyaとの交流は、たまのメールと年賀状、みたいな感じになりつつあった。この着物ブログを始めたことで、再びコミュニケーションが密になったのだ。
お互いのブログにコメントしたりするうち、もともと洋裁好きのsoyaが手作り足袋をつくって送ってくれるようになり、ネットショップ話も持ち上がった。ブログをやっていなかったら、葬儀に間に合うこともなかったと思う。着物とブログが古くからの友情を再燃させてくれたのだ。
上の写真を見て胸が詰まりました。
soyaさんは絶対家に戻って来るつもりだったんですね。
気にされていた足袋をMIZUHOさんが届けて下さったらきっと喜ばれるでしょう。
下記事の浴衣も姪御さんの手元に行き、こうやって想いは続くのですね・・・。
どんな思いで作られていたのでしょうね・・・
学生時代の友達と、年々縁遠くなっていく気がします。何かでつながっているってとても大事なことなんですね・・・
>kemiさん
soyaは直前まで戦ってました。入院にしても、ぎりぎりまで家で子どもの世話をしていて、どうしようもなくなって・・・という感じだったようです。足袋は、未完成だったら私が仕上げて届けようかと思っていたのですが、ちゃんとこはぜもついていました。
>ひつじさん
現代の医学では「時間の問題」という状況でも、soyaは生きる、と叫んでいたので、
私も未来の話しかしませんでした。
足袋作りは、楽しんでやってくれていたと信じたいな。私にとっては、soyaと未来の話をする大事なツールでした。