2007年09月10日

日本文学の中の着物を読み解く

 江戸〜明治・大正〜昭和初期を舞台にした小説を読んで、着物に関わる細かい描写にはっとさせられることが多くなりました。かつてmizuhoが「着物遊びの楽しみ その4 読書が楽しくなる」ですでに語ったことと同列なんだけど、幸田文の『きもの』谷崎潤一郎の『細雪』のような「着物関連小説」でなくとも楽しめる、という話題。

 たとえば太宰治の『斜陽』。舞台は太平洋戦争終戦後。没落華族である主人公一家は住み慣れたお屋敷を手放して地方に隠棲するのだけれども、病気になった時に往診にやってきた村の医者が「仙台平の袴」をはいて来た、というシーン。袴のビジュアルや種類なんか知らない過去であったら、「その時代の人だから和服も普段に着てたんだよな」程度で読み流していたであろう、本筋とは関係のない小さな箇所。今なら、「仙台平の袴」の一言で目にも浮かびますし、「元華族」の一家に対する地元の人たちの敬意、といったものを瞬時に感じ取ることもできました。

 たとえば有吉佐和子の『華岡青洲の妻』。時代は江戸後期。華岡青洲とは、当代一の外科医なのですが、当然手術着も和服(^^; 後半クライマックスの手術シーンで「柿色の麻の羽織」「紋付と同じように背中と袖の五箇所に太い組紐で作った輪を縫いつけてある」との記述がありました。
 「麻」なのは洗えるからですよね。通気性もよさそうだ。そう、着物に親しんでいないと、紋の存在すら認識することもないし、ましてや位置も分からない。また、たすきがけを日ごろ体感しているからこそ、手術の際に袂を「たくし上げる工夫」が必要であり、どんなものなのか感覚的によく分かる。
 また家族の女たちが家計を助けるために「機織」に勤しむシーン。自分が機織体験を持つ今、それがどんな作業で、どんなテンポで、生活の中でどうなのか‥が感覚的に分かる。『鶴の恩返し』の世界も今はよく分かるぞ(笑)。

 長年タイトルだけ知っていてようやっと初めて読んだ田山花袋の『蒲団』。時は明治30年代。主人公の中年男が恋する若い女の、恋人(=若い男)と対峙する場面で、件(くだん)の恋敵は「白縞の袴を着け、紺がすりの羽織を着た書生姿は、軽蔑の念と憎悪の念とをその胸に漲(みなぎ)らしめた」との描写。残念ながら、当時の習俗におけるこの身なりが意味するところを深く分かったわけではありませんが、どういうものなのかビジュアルは浮かびますし、「たぶん、若々しくてイマドキなんだろうな」ということは察せられる。

 これら例を挙げた着物シーンは「背景」にすぎず、暗喩としての小道具ですらない。それでも、どんなものかが目に浮かび、そこに作者が無意識に何を意味させようとしたか読み取れる。そして、そのほんの僅かな知識が、その場面を生き生きとさせる。
 江戸〜昭和くらいにかけてを舞台とした文学作品ならば、随分「読み」ができます。そして、その間をテーマにした名作は、それ以降やそれ以前と比べても大変多い。文庫化された定番の古典を読むならば、大抵の作品に「和服のサイン」を見て深い読みができる楽しみがあるではないですか!何だか得した気分です(ほくほく)。

 余談ですが、大岡昇平の『野火』も読みました。舞台は太平洋戦争中の激戦地。当然着物は出てきません(^^;蛆のわいた死体、衣服を破って膨れ上がる腐乱死体、ちぎれて破片となった死体‥衣服以前の話ですな(-_-; 主人公の敗残兵は、生の芋を齧り、自分の体についた蛭(!!!)を食らい、ついに人肉食に肉薄します。質感、文様、色彩などの衣服のコードを語ることは、生死のぎりぎりにおける人間性がテーマになった場合はどうでもいいことなんだなあ‥とチョッピリ感傷に耽りました。
 でも、同様の「人間の極限」をテーマにした、未読の『楢山節考』、時代はいつだか分からないけど、おばあさんが着ている着物の場面はありそうだ。あるとしたら「貧しさ」や「生活感」などを示しているはずよね?(わくわく)やっぱり、日本文学に「着物を着ることによって生まれた視線」の面白みは切り離せないかも!
posted by eribow at 15:29| Comment(7) | TrackBack(0) | 着物遊びの楽しみを語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
明治の作家までは、着物を詳細に描くことで、階級・職業などの属性が浮かび上がるしくみだったのよ。 それは、紫式部以来の伝統で、西鶴や南北も、これを継承していた。
それぞれの時代の文学に現れる人物の衣装を階級・職業で、表を作ってみると分り易いかも。 頑張ってね♪
Posted by ぶり at 2007年09月10日 22:54
>ぶりさん
コメント下さるんじゃないかと、お待ちしてました♪

>着物を詳細に描くことで、階級・職業などの属性が浮かび上がる
映画とかでも、ちゃんと時代考証してるのが分かるときありますね
『細雪』では、「お嬢様」と「女中」がそれぞれ「おめかし」をしてお出かけするシーンで
着物を書き分けていたのが興味深かったです

今でも、例えば宴会で「セーラー服と三つ編み」したら
「女子高校生」のコスプレになるわけですよね
衣服で年齢、身分、TPOなどをあらわすことは、
その時代ならば「常識」として共有されているけれど
くらしが変わってしまうと、忘れられてしまうのですよね
着物を着るということで、「くらし」を気負わず体感できるのが気に入りました♪
Posted by eribow at 2007年09月11日 14:35
そうそう、穴掘って?待ってるような気がしたのよね。 きゃは。(^^)
例えば、縞や格子をとってみても、結構厳密な区分があったけど、そういった時代の衣装「常識」は、祖父母の世代、戦前で、ほぼ途絶えてしまっているのよね。 かろうじて、歌舞伎や浄瑠璃の世界で受け継がれているのかな。
こういったことを反映させて、また、eribow着物理論を展開してね。 楽しみだ〜♪
Posted by ぶり at 2007年09月11日 21:34
>ぶりさん
読書ネタ、絶対食いついて下さるよな〜とお待ちしてました♪

今回は「細かいツッコミでなくても楽しい」という話でしたが、
実は細かいツッコミが楽しい!!!という話もしたいと思ってます
え、オタク化驀進?(笑)
Posted by eribow at 2007年09月13日 00:30
小説・文学の中での着物の楽しさを堪能されていらっしゃいますね♪
私は、幕末〜明治〜大正時代にかけての古い写真集に夢中になっています。
特に「別冊歴史読本 幕末明治 美人帖」にはたくさんのむか〜〜しの貴重な着物美人が揃って写っていて、本に穴が空くほど見ています。

「華岡青洲の妻」はよ〜知ってます。
朝鮮朝顔(曼荼羅華)での初の全身麻酔下で乳ガン手術に成功した話ですよね。
事実、有名なハーバード大学でのエーテル全身麻酔の公開実験よりも40〜50年前に成功していたというから驚きです。
現在でもその朝鮮朝顔の成分は手術前投薬として使われています。
日本麻酔科学会のシンボルマークもその朝鮮朝顔ですから!
ちょっと話がそれちゃいましたけど。。。
なにせ、OP室で麻酔補助していたので共感してしまいました。
Posted by 青め猫 at 2007年09月14日 23:32
>青め猫さん
硬派な話題に、ご参入ありがとうございます(笑)

写真集ですか〜 私はきっと楽しむというより
「時代考証」みたいな観察に走ってしまいそうな気がするな〜(苦笑)

「華岡青洲の妻」ご存知でしたか!
着物の場面はほとんど出てきませんよね(笑)
それでも、例外的な衣服の描写でこれだけネタにしてしまうのですから、
私の着物「観察」のオタクぶりがお察しいただけるかと思います

中医学を勉強中なので、「和服の知識」以外にも、
「漢方薬の知識」のお陰で面白さ倍増の部分もありました
中医学(漢方や鍼灸)も、和服同様、明治維新〜敗戦にかけて
日本が捨て去ってしまった宝です
和服同様、こちらも再発見や現代的な読み解き直しが進んでいて頼もしい限りです
和服も中医学も、廃れた背景に「自国の文化への劣等感」があることが共通点です
今、和服や漢方が復権してきているのは、自国文化への劣等感が
解消されてきている表れに見えてなりません
その証拠の一つに、本家本元の中国では、世界的な流れに逆行して
西洋医学の価値が上がり、中医学に対する評価が下がっているのだとか
「進んだ外国への憧れ」が自国文化への誇りを傷つけている、
という図式は、当事者にはなかなか見えないのかもしれません
Posted by eribow at 2007年09月16日 15:15
夏休みの宿題の
いい記事になりましたぁ!
Posted by 犬 at 2008年07月23日 21:45
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