2005年09月22日

着物遊びの楽しみ その7 着物と共に物語を受け継ぐ

着物を着るようになってよかったことのひとつに、母と着物話で盛り上がれるようになった、というのがある。母自身はすでに着物着る気がないのだけど、着物自体は好きで、さすがに呉服屋の娘だけあっていろいろ知っている。長年つき合ってきた親でも、知らない一面というのはあるものだなあ、と感動。

着物をもらうついでに、いろんな話が出る。着物にまつわる様々なエピソードは、着物がなければ聞けなかった物語。一生知らずにいた可能性が高かったと思うと、着物に目覚めてほんとによかったと思う。
母以外の親戚からも着物をもらうようになり、着物と一緒にエピソードもついてくるので、なんだか心理的な距離が縮まった。遠くに住んでいる人が多いので、冠婚葬祭の時に会うだけの存在だったんだけど。

着物って、親子や兄弟や親戚の間で譲ったり譲られたり、というのが似合う。というか、日本人はずっとそうしてきたのだと思う。着物は一人で着て終わりなものではないのだ。一枚の布を大切に大切に受け継いでいく、そしてそこには物語がくっついていく。なくしてしまうのはもったいない日本文化、といったら大げさだろうか。

eriは着ないのにしまっておかれる着物がもったいない、もっと流通させたい、という。それはその通りなのだけど、着物って簡単には手放せない面があるのだ。それはやっぱり、物語がくっついているせいだと思う。結婚するときに親が思いを込めて仕立てた、とかね。身内に譲るのは抵抗なくても、誰のものになるかわからない、リサイクル屋に売るのは抵抗があるんじゃないだろうか。だから逆に親戚や知り合いからもらえる、ということにもなるんだけどね。

十代の頃だったら、こんな「物語」なんて、うっとおしいとしか思えなかったと思う。物語を受け継ぐことが楽しいと思えるようになったというのは、やっぱり年とったということなのかな。
posted by mizuho at 21:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 着物遊びの楽しみを語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も先日の発掘の時に初めて、母の着物好きを知りました。私のために作ってくれた着物もたくさんあり母の愛情を再認識。この年になると、そんなこと気にもしなくなっちゃいますよね〜。最近忙しくゆっくり会話したり、お茶する時間もないけど、発掘の時は面倒そうにしながらも、嬉しそうな母でした。着物発掘を通じチョッピリですが考えさせられました。
Posted by みらい2000 at 2005年09月23日 03:01
うんうん、そうそう、と頷きながら、読んでます。

大正生まれの母は、普段は洋装でしたが、明治生まれの祖父母とともに着物好きでした。 なんせ、着倒れの京都人でしたから。 すでに、この世にいないので、同世代の方の着物談義を聴く機会に恵まれると、楽しいです。
Posted by ぶりぶりぎっちょう at 2005年09月23日 20:25
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